すべての教育は洗脳である

常識は捨てろ。

これはこうあるべき、こういうのが常識、これが幸せなんてものは、国に都合が良い人材にする為の洗脳である。

その洗脳機関が学校であり、現在の会社である。

人はもっと好きなことに没頭し自由に生きることができる。

それがテクノロジーの発達によって、よりできるようになり寧ろ旧態依然の教育の人材は時代遅れで今後苦しくなっていくだろう。

この本は、今までの洗脳をとき自分らしく生きる道しるべになる本である。

すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 (光文社新書)

すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 (光文社新書)

堀江 貴文
814円(09/28 07:45時点)
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学校は洗脳

洗脳と言うとどこかの宗教を思い出すかもしれないがそれだけではない。

我慢することはいいことや〇〇すべきなどとは、常識という洗脳の危険性がある。

常識という洗脳を国家ぐるみでおこなっているのが学校であると説く。

学校というと勉強する場所というイメージがあるが勉強はほんの少しで先生には逆らわないという規律や団体行動、時間厳守、国家国民の為の思想という洗脳が主だという。

ではなぜ国家が洗脳する必要があるのかと言えば簡単に言えば国作りの為。

国民の三大義務と言えば「教育の義務」「勤労の義務」「納税の義務」であるが本書では国家が国民に求めるのは「兵士として戦うこと」「出産すること」「納税」と書いてある。

確かに工場に勤め、お金を稼いで結婚して子供を持つのが幸せみたいな概念を植え付けられているような気がする。

正に本書で書いてある戦い、納税、出産に当てはまる。

この価値観を受け付け、常識という枠にはめ、従順な人間に育て上げるのは学校教育というのは理想な訳だ。

そもそも学校の成り立ちは、明治維新以降国を強くする、列強に戦えるようにするのに作られた。
 
また、産業革命以降の工場労働者を作るのには学校は優れたシステムであったのだ。
 
現在も明治時代に作られた旧来の形をとどめていること自体が軍国主義教育時代の名残でしかないと説いている。
 

変わる国という概念

戦争があり、工場労働者を作るという意味では学校が機能を果たしていた。

ただ、テクノロジーが発達した今、国という概念が変わりつつある。

堀江氏が言うには国民国家はフィクションであり力を持たず国家はなくなりつつあるという考え方だ。

とすると国民を養成する旧来の学校は必要ないとうことになる。

確かに勉強はほんの少しで軍人養成所や工場労働者養成所の学校は必要なくなる。

また、国家がなくなりつつあるには反発がありそうだがそもそも日本という国を意識したのが明治維新後で昔は藩であった。

ということは、昔から国という概念があったのではないということになる。

それにテクノロジーの発達は、どこにいても生きられるというか生きやすい状態になっているのは確か。

昔は、日本人がドバイやシンガポールに転勤となるとレベルの高い方はそうでもないと思うが普通はもう日本に帰ってこれないのかなとかそもそも生きていけるのか?なんて思ったりしたもんだけど今では海外で暮らす情報も多いし、SNSで瞬時にやりとりもできるし、そこまで意識しなくなった。

どこにでも住めるというのは今までの国という概念が変わりつつあるのを後押ししている。

これからはグローバルかローカル

国(国民国家)という概念がなくなっていくとどのような流れるになるのだろう。
(ここではグローバルのことを(G)、ローカルなことを(L)、国民国家のことを(N)と呼んでいる。)

本書ではグローバルを行動範囲とするG人材(世界規模)。
もう一つはローカルに根付くL人材(地元)。

この二つに分かれるとしている。

これは確かに国という単位がなければグローバルに考える人とローカルでいいという人材になるのは理解できる。何せ国という単位がないので。

ここで堀江氏が考えるG(グローバル)人材とL(ローカル)人材を纏めた表が分かりやすい。

“本書引用”

  G人材 L人材
N幻想 なし あるが地元レベル
人物像 合理的・寛容・フラット 情緒的・排他的
大切なもの 自分のやりたいこと 仲間との絆
フットワーク 軽い・変化を好む 重い・変化を嫌う
豊かさの指標 情報 お金・モノ
こだわる場所 なし 地元
生きている時間 現在 過去の思い出
希少性 高い 低い

このように表で纏めると大方言わんとしていることは分かる。

基本G人材は少なく大方はL人材である。堀江氏の感覚だと9対1ぐらいかなとも書いてある。なので希少性が高い。

本書にも書いてあるがどちらが良いというのは自分が決めることだからどちらでもいいのだが明かにテクノロジーによってG人材が生きやすい世の中にはなってきている。

この項目の中でも自分が注目したのは豊かさの指標の項目。

昔は、免許持ったら車でデートするのが夢だったり、良い掃除機、洗濯機、マイホームなんかが豊かさの指標だった。

今は情報だ。情報さえあれば何も知らない所有者よりいろんなものが享受できる。

インターネットでアクセスすれば低コストで利用できるし、持っている方がコストパフォーマンスが悪い。

知っているというのが重要な豊かさのキーワードになっている。

G人材というのは、このテクノロジーの恩恵を存分に使いこなし、所有から自由になったときにGの世界に踏み出せることに注目したい。

会社も洗脳機関

学校が洗脳機関だとしたらその延長線上の会社も洗脳機関である。

よくテレビの特集である新入社員に社訓を覚えさせるとか正しく洗脳。

学校で言われたことをきっちりやって褒められた人達は、ここでも自分で考えずに褒められること、怒られることを気にして頑張る。

そもそも会社の評価はどれだけ優秀かではなくどれだけ従順であるかだけが評価対象になる。

しかし工場労働が必要だった時代は終わりになりつつあり、今後はこの考え方ではやっていけなくなるだろう。

これからは、自分が主体的に自分が好きなことやっていく時代になる。

好きなことをとことん追求し、人が真似できないとことん追求し、それが仕事になっていく。

テクノロジーによって夢中になれることの中に未来はある。

終わりに

今回、洗脳とグローバルのところをピックアップした。

特に学校の洗脳は言われてみればそう思うんだけど読まないと気が付かない。

読んでおいて良かったと思う。

他にも「学びとは没頭」や「三つのタグづけで価値の上げ方」について詳しく分かり易く書いてある。

ぜひ、読んで頂きたい内容です。

すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 (光文社新書)

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ABOUTこの記事をかいた人

現在書店員。ジャンルは、ほぼどのジャンルも経験ありますがビジネス書の担当することが多いです。 本は人生を変え、世界を変えると思っています。 単純に知ることが本当に楽しいです。